連載第51回 第三章(十五)
文/沖田臥竜
【ここまでのあらすじ】覚せい剤に溺れ、罪のない3人もの命を殺めた元ヤクザの藤城杏樹は、☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』で死刑の執行を待つ日々を送っていた。
何がなんだかわからなかった。
気がついた時には、死神が目の前に立っていて、『お迎えがきたよっ』と哀しそうな顔で言っていた。
その顔を見てオレは、まるで他人事のように、(ああ、このオッサンも仕事とはいえ辛いねんなっ)なんてうわの空で思っていた。
なんだか、身体がふわふわしていて、ひどく歩きにくい。
あっという間にたどり着いた部屋の中では、坊さんが念仏を唱えていた。
多分、オレのためだろう。
ちょっと待ってくれっ、と言いたいのだけど、うまく言葉を喋れない。
あたふたするオレを促すようにして、死神が隣室へと誘導して行く。
視界に飛び込んできた部屋はえらく殺風景で、薄暗さが気味悪さを募らせていた。
ここで何人もの狂人が、正義という大義名分のもと、縛り首にされ、吊るされたのだろう。
まるで、天井から吊るされたロープがオレに、おいでおいでをしてるみたいに、ユラユラと揺れて見えた。
あっという間に、黒い布で視界を奪われ、手足をロープで、心を恐怖で縛り上げられた。
オレはやっぱりべそをかいていて、母の名前を呼ぼうと、機能しない声帯に必死になって息を送り込んでいた。
首に天井から延びたロープの感触が伝わってきたかと思うと、ジェットコースターが急降下していくみたいに、オレはストンと落ちていった。
どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも、落ちていく。
苦しさに歯を食いしばった。
腹の底に圧がかかり、耐えきれぬ不快感に襲われた。
もう意識があるのか、ないのかさえわからなかった。
オレは死んだのだろうか......。
オレは死ねたのだろうか......。
あれだけ執着していた『生』だけど、やっと死ぬことができた──と、どこかでホッとしているオレがいた。
──目覚めた時、オレは泣いていた。
ホッとして泣いていた。
なぜ悲しいのかすら、わからなかった。
悲しい事がありすぎて、何故悲しいのかわからなかった。
「死にたないよっ......死にたくないよっ......」
イヴの夜。
ガキの頃、眠りにつけば、夢から覚めるのが楽しみで仕方なかった。
欲張りなオレは、ありったけの靴下を枕元に並べて、母を苦笑いさせていた。
その頃よりもずっと前から、母がサンタクロースということは知っていた。
だけど、毎年律儀に靴下を枕元に並べ続けた。
いつから、靴下を並べることをやめてしまったのだろうか。
靴下を並べることをやめたオレを見て、母はなんて思ったのだろうか。
涙は枯れ果てることなく、朝まで流れ続けた......。
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