■連載第53回 最終章(一)
【ここまでのあらすじ】☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』に収容されている死刑囚・藤城杏樹。事件の風化とともに、獄を訪れる者も少なくなったが、藤城はひとり独房で小説を書き続けていた。
ガチガチにかたまった肩を揉みしだきながら、充血している目頭を押さえ、細いため息を吐いた。
いつの間にか、房内で吐く息が白くなっていた。どうにか今年も執行はなく、乗り切ることができそうだった。
この分だと、正月休みにはなんとか書き上げることができるかもしれない。
さて、もうひと頑張りするか、とペンを走らせ始めた時、ふと明日がクリスマスイヴであることに気が付いた。
気が付いたという表現は、少しおかしいかもしれない。何日か前からイヴが近づいてきているのは分かっていたし、今年ももうそんな時期か......と何度も思ったりしていた。
でも、波に乗っていた執筆活動のおかげで、ここ数日は小説のことばかり考えていた。おかげでイヴどころか、昨日なんて金曜日だったのに、たいして気にすらならなかった。
龍ちゃんが逝って、もう1年か。
去年の今頃は精神的にも辛かった。もうええから、このまま殺したれや、とさえ思ったことだってあった。
いけ好かない担当の姿は、もう見ない。
ボールペンをいけ好かない担当の手の甲に突き刺したあの日、駆けつけた警備隊によってオレはきっちりと保護房へと放り込まれた。
後悔という気はなかった。やけくそ、という気持ちでもなかった。
強いて言えばなんだろうか。
失恋した八つ当たりだったりしてな。
オレは馬鹿だから、いつまで経っても、自分の気持ちを上手く説明することができない。
保護房の2泊3日は、あらゆる虚無感の中で過ぎて行った。
人生のもっとも重要課題である死刑執行さえ、(どっちでもいい......)という気になっていた。
そのおかげで、いつも追い詰められた精神状態でやりくりしている気持ちが、少しだけ楽だったような気がする。
事件送致され裁判を受けることになるだろう、と予想していたが、結果は起訴猶予という寛大な処分だった。
本来ならオレのやったことは、間違いなく起訴だ。そして余罪受刑者という身分になり、公判で審理を進めたのち、2年なり2年半の増し刑になるのが妥当だろう。
だけど、オレは受刑者ではない。死刑囚だ。死刑囚に刑を加算したところでどうしようもない。
殺しだとか途方もない事件なら別だが、たかだか全治2、3ヶ月の怪我で起訴でもされてしまったら、本件の死刑執行の妨げになってしまう、という単純明快な理由で、起訴猶予にされてしまったのだろう。
死刑囚のなかには、自らの死刑執行を先延ばしにするために、あえて事件を起こす者がいる。やってもない事件を自供したり、やってもない殺しの犯人に成り済ましたりして、警察のブタ箱に逃げ込もうと努力するのだ。
いまさら刑が増えることなど痛くもかゆくもないし、あわよくば起訴でもされ裁判にでも持ち込めたら、少なくとも1年以上は寿命がのびる。
安心した骨休みを、死刑囚のくせに送れる、というわけだ。
あいにくオレの場合、起訴こそは免れたが、所内の懲罰だけは軽屏禁罰の天井である60日目一杯打たれることになった。
何もさせてもらえず、朝から晩まで大仏の如く、チンと座り続けなければならない2ヶ月間のまあ長いこと。
この2ヶ月間で、久しく忘れていた退屈という感情を、死刑囚の分際で感じることができた。全然嬉しくはなかったけれども......。
60日間を満罰で座り終えた翌日、思いもかけない面会が入った。
写真はすべてイメージです
連載小説『死に体』もいよいよ佳境に突入! 最新54話はただいまR-ZONEで絶賛公開中!! 詳しくはこちらをクリック。