連載第49回 第三章(十四の1)
文/沖田臥竜
【ここまでのあらすじ】覚せい剤に溺れ、罪のない3人もの命を殺めた元ヤクザの藤城杏樹。一審で死刑判決が下されると、幼なじみの兄弟分龍ちゃんや恋人のヒカリは必死になって控訴をすすめるが、杏樹は死刑を受け入れることを選択する。そして死刑判決が確定した杏樹は、多くの死刑囚が収容されている☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』へと送られたのだった。
31歳のクリスマスイヴ。オレは裁判所から、真っ赤なリボンにくくられたプレゼントを受け取った。
「あけていい?」キラキラの目をして、裁判官という名の3人のサンタクロースに確かめた。
『ああ、もちろん』
優しく包み込んでくれるような温かな声。
「わーいっ、やったあ!」
はしゃぐオレ。
包装紙をめくり終えたオレは、プレゼントの箱を開けた。オレの興奮とは裏腹に、中から出てきたのは、たった1枚の紙切れ。
そこには、朱い字で
────死刑────
たった二文字『死刑』とだけ書かれていた。
笑えない。まったくもって笑えない。
あの日から、3年の月日が流れた。
クリスマスは楽しい日だという。優しくなれる日だとも聞いたことがある。
確かにそんな過去がオレにもあったような気がするが、もうあまり覚えていない。
幸か不幸か、まだ空の上から下界を眺めてはいなかったけれど、生きているのか死んでいるのかたまにわからなくなる時がある。
イヴだというのに、こんな辛気臭い顔をしている男のところに面会へとやって来なければならないロキを見て、オレは哀れみを覚えていた。
ロキは、最初に、ヒカリが来れなくなったので代わりに来た、と言った。
ヒカリは、最近では月に一度来ればいいほうで、たいがいはこうして代わりの者が面会へとやってくるようになっていた。
アクリル板越しのロキの顔を見た瞬間に、何かあるな、ということはわかっていた。良い話ではないということもわかっていた。
オレの枯れ果ててしまった人生に、良いことなんて残っているはずがない。
「なんや。なんかあったんかいロキ」オレはたまらずに尋ねた。
どんな不幸がロキの口から飛び出してくるのか、身構えずにはおれなかった。だけど、聞かずにもおれなかった。
死刑と言われた時も言葉にできないほどショックだった。死刑以外、絶対にないとわかってはいても、あらためて法廷で宣言されれば、どれだけショックなものか。あのショックから3年。今日、ロキの口を伝わってやってきた不幸にも動揺せずにはおれなかった。
「......ほんまかい、それ」
もしもアクリル板が目の前になければ、オレはロキにつかみかかり、その身体を激しく揺さぶり続けていただろう。
「なんでやねんっ! カタギなる、ゆうてたんとちゃうんかいっ!」問い質すオレの声は、怒声を帯びていた。
「確かに、そうゆう話もありました。けど、まあ、ここんところウチもシノギやらなんやらでヨソとバッティングしたりしてもうてて、段々抜き差しならへん状況まで来てましてん。兄貴にはゆうてまへんでしたけど」ロキは歯切れ悪く言葉を濁した。
「なんの話しとんねん。それと兄弟がカタギならへんのとなんの関係があんねん。オッサンかい。オッサンの指示かい。オッサンが殺れゆうたんかい!」
ロキは一瞬、オレから視線を外し、会話のやり取りを記録している立会担当に視線を投げた後、再びオレに視線を戻して答えた。
「兄貴、勘弁して下さい。詳しいことはワシも知りませんねん」
「知りませんねんって、勝手に兄弟が走るわけないやろが!」
オレは怒鳴り続けていた。ロキがオレの質問に答えられないことは百も承知だった。『はい』と答えてしまえば、オヤジが教唆で持っていかれることになる。わかってはいたが、聞かずにはおれなかった。
あの日、龍ちゃんは出所したその足でオレの元へと面会に来てくれた。
面会室も他に3部屋あるが、確かこの部屋だったと思う。今、ロキが身を沈めているパイプイスに腰掛け、娘のためにカタギになると言っていた。
その龍ちゃんが、殺された。
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